PROFILE>>> 2008年9月1日現在
さとう     ひろのり
佐藤  広典
■1976年 6月26日生まれ(32歳) かに座・B型 辰年
広島県に生まれる。祖父が私が生まれるまで、毎日近所の阿伏兎観音(瀬戸内海の切り立った崖の上にあるお寺)に願掛けに通ってくれたとのことです。祖父はもう亡くなりましたが、今でも何か壁に突き当たると、阿伏兎観音の写真に手をあわせます。祖父が見守っていてくれる気がするからです。
海、山、畑と自然に囲まれた環境の中、毎日、遅くまで野山を駆け回り、1歳下の弟といつもいたずらをして、怒られていました。
■1983年 広島県沼隈町立能登原小学校入学
小学校時代には、学校の方針で、タイムを計り、毎朝2キロをマラソンしておりました。体育会系の体力は、この時に培われたものです。徒競走は今でも自信があります。
■1989年 愛光学園中学校入学
愛媛県松山市にある全寮制の学校に入学し、中学・高校を過ごしました。部活はサッカー部に所属していました。サッカーをするのが楽しく、休みの日でも日が暮れるまで友達とサッカーをしていました。
中学3年の夏休み、祖父の本棚にあった雑誌に「(財)松下政経塾」の記事を見つけ、政経塾に電話しました。「もう少し、大きくなってから来てください。」もちろん断られたのですが、この事は今では懐かしい思い出になっています。
■1995年 愛光学園高等学校卒業
慶応義塾大学経済学部入学

大学の卒業式にて
ベンチャー企業に興味を持ち、企業家をめざす学生の会を主催したり、講演会などを企画、協力しました。代表的なものに、ソフトバンクの孫社長やビデオレンタル「ツタヤ」の創業者増田氏の講演会などがあります。
大学時代、経営に失敗した友人が夜逃げのようなかたちになってしまったことがありました。日本では、ほとんどの経営者が、個人保証、連帯保証をしています。会社の借金はすべて自分や家族や親戚が負い、一度失敗すると、なかなか再チャレンジができない。なぜ、貸し手の金融機関はリスクを負わず、借り手にすべてのリスクが押し付けられるのでしょうか?この状況を変えなければ、日本では挑戦者が現れない。そう思いました。
この国の古い制度や法律、行政ではダメだ。もっと効率よく個人も会社も元気にする方法があるのではないか。夜遅くまでまじめに働いている人が報われないのはもう我慢できない。

民間企業からの内定を断り、(財)松下政経塾の門を叩きました。初めて(財)松下政経塾に電話をしたあの日から、10年の歳月が流れていました。
■2000年 慶応義塾大学経済学部卒業
財団法人松下政経塾入塾

イギリスInstitute of Economic Affairs (経済問題研究所)にて



 故松下幸之助氏の銅像の前にて
政経塾では、「ベンチャー企業(中小企業)を取り巻く法律及び・税制金融政策」をテーマに研究を行いました。

現地現場主義
松下政経塾には専任の教員も大学院のようなカリキュラムもありません。あるのは理想の日本や世界を実現したいとする熱い志のみです。よって「万物ことごとくわが師」として、「現地現場」を教科書とすべく「自修自得」していかなければなりません。実際の現場で何が行われているかを知り、その問題点と解決策を探り、実行して行くわけです。
現地現場の研究では、障害を持った方の施設で手伝いをさせて頂いたり、政経塾の先輩方の所で政治の現場を勉強させて頂きました。また、イギリスでは、同期と共同研究を行いました。そこで、政治家を公募する仕組みと、党内での昇進システムというものを研究しました。

アメリカでの研究活動

私は、研修期間のうち約2年間、アメリカに渡り、ワシントンD.C.を拠点に産業振興政策・金融政策の日米比較研究を行ないました。アメリカでは、ちょうど大規模なテロ事件があった時期と重なり、アメリカの社会が非常に不安定な時期でした。

日本とアメリカでは、制度が大きく異なります。その中で、最も強く印象を受けた事は、以下の2つです。
1つは、「中小企業は、経済のエンジンである。中小企業が、活発にならなければ、税収と雇用は、増えない。」という認識を持っている方が多かったこと。もう、1つは、新しい制度を導入する際、実際に動かしてみて、問題があれば修正して行けば良いという柔軟な考え方を持っていた点です。

詳しくは、松下政経塾での論文・活動内容をご覧下さい。
■2005年 東京都議会議員選挙に出馬
北多摩1区(東村山市・東大和市・武蔵村山市)から出馬し、初当選。
都議会では、財政委員会、東京都医療審議会、東京都信用保証補助審査会を経て、現在、厚生委員会に所属。
都議会民主党副幹事長(2006年8月〜2007年7月,2008年8月〜))、各会計決算特別委員会理事
予算特別委員会委員
毎朝の駅頭で精力的に都政報告を行っている。



松下政経塾とは・・・

小学校中退でゼロから世界企業松下電器グループを創設した故松下幸之助。彼が晩年、日本政治への強い危機感から、21世紀を担う指導者養成を目的に、昭和54年、神奈川県茅ヶ崎の地に設立しました。塾生は自修自得、現地現場の教育方針のもと、全国各地で研究活動を行っています。
卒業後も出身者同士、連携しながら新しい日本をつくるために活動しています。設立後27年が経ち、卒塾者は総計220名ほどになりました。2008年4月現在、国会議員30名、知事、市・区長10名、地方議員29名の計69名が政治家として活躍。その他、実業界やマスコミなどへも人材を輩出しています。神奈川県知事の松沢成文さん、横浜市長の
中田宏さんも塾の先輩です。

■政治を志した動機 再チャレンジ出来る社会、正直者が報われる社会をつくりたいと思いました。
■性 格 まじめ(良い意味でも悪い意味でも)・好奇心旺盛・チャレンジ精神に富む
■趣 味 陶芸・絵を見る事(本人には芸術の才能はないのですが・・・楽しいのです)
■尊敬する人 松下幸之助
■好きな食べ物 肉汁うどん・餃子・蓮根のきんぴら・ワンタンスープ
■スポーツ サッカー(中学・高校とサッカー部に所属)・ジョギング
■長 所 嫌な事は寝れば忘れる
■短 所 一つの事に集中すると周りが見えなくなる時がある
■家 族 妻・長男(東村山在住)